Helicobacter pyloriに関する最近の知見

従来ヒトの胃内は胃酸による殺菌作用のために無菌状態と考えられていたが、1983年にWarrenとMarshallよって初めてヒト胃粘膜からHelicobacter pylori(以下Hp)が分離・培養された。その後この菌の除菌により消化性潰瘍の再発が著名に抑制されることが明らかとなり、発見者の2人は2005年にノーベル医学生理学賞を受賞した事は記憶に新しい。Hpは、ヒト固有胃粘膜にのみに生息する、感染者の大部分は無症状である、幼少期に感染が成立する場合が多く成人以降の初感染は稀、など様々な特徴がみられる。しかしその感染経路に関しては、現時点でも経口感染であろうという推測以外は明確になっていない。以前は日本は世界的にみてもHp感染率が高い国の一つであったが、近年は社会環境の変化などに起因すると考えられる感染率の低下がみられ、さらに除菌療法の普及などにより今後さらに感染率は低下するものと予想されている。
除菌療法に関しては、現在日本で保険認可されている疾患は消化性潰瘍のみであるが、2003年の日本ヘリコバクター学会のガイドラインでは、消化性潰瘍以外に胃MALTリンパ腫、早期胃癌EMR後、萎縮性胃炎、胃過形成性ポリープが、除菌が勧められるあるいは除菌が望ましい疾患とされていた。しかし、本年に公表された2009年日本ヘリコバクター学会ガイドラインでは、“H.pylori感染症”が推奨グレードA、すなわち疾患を問わず全てのHp感染者を除菌すべき疾患とする内容に改定された。その最大の根拠は、昨年、日本国内で施行され論文として発表された、除菌療法が早期胃癌内視鏡的治療後の異時性胃癌(2次癌)に対する予防効果が証明されたという根拠に基づくものである(Fukase K ;Lancet.2008 Aug 2;372(9636):392-7.)。本研究の内容は、早期胃癌に対して内視鏡的治療を施行された例を除菌群と非除菌群にランダムに振り分け、3年間の定期的な内視鏡検査で2次癌の発生を検討した結果、除菌群からの発癌が非除菌群に比し三分の一であったという内容である。Hpと胃癌の関連は、これまでも多くの疫学的研究、動物モデルを用いた発癌実験、さらにヒトを対象としたretrospectiveな研究などがあったが、先のFukaseらの報告は除菌療法による胃発癌予防をprospectiveなランダム化した試験で証明した点が世界的にも非常に高く評価されている。今後、胃発癌予防を目的とした除菌療法が保険上認可される事が望まれるが、実際的には全てのHp感染者を除菌する事は様々な困難点もある事は事実であり、今後何らかの手段で真に除菌が必要な対象の絞り込み等が可能になれば、より効率的な除菌療法が可能になると考えられる。

東北労災病院 消化器科内科 大原 秀一

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